2008年12月30日

地球割projec「玉青の行方」 2008年11月30日

久々に演劇を見に行ってきました。

地球割projec「玉青の行方」の公演レポートです。


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2007年10月07日

渡辺美弥子一人芝居「ある女3」 2007年9月28日

今年の春、ババチョップ・シアターの宮田さんが熱っぽく語っていた、渡辺美弥子さんの舞台を見てきました。いつの頃からか演劇の入場料はムチャクチャ高騰し、「ちょっと芝居でも」という気にはなかなかなれなくなっていましたが、この公演は、前売り800円、当日1000円と安価で、これならリピートも十分可能な範囲です。
 今回は初日にお邪魔しましたが、観客の入りはほぼ満杯。ボクは全然知りませんでしたが、渡辺さんは、電動夏子安置システムという劇団の看板女優とか。また、今回で3回目という「ある女」シリーズのファンもかなりいるようでした。
 公演はオープニング・アクトの中村ムカウさんの一人芝居から始まりました。初日の冒頭という事もあり、結構やりにくそうでしたが、実際はどうだったのでしょう?。
 渡辺美弥子さんは、「育てる女」、「バターナイフな女」、「一見さんな女」の3本を熱演。先ず驚いたのは、仕草の一つ一つに神経が行き届いていて舞台映えする事です。多分、重心がブレないので、演技に安定感があるのだと思いますが、最近はそんな女優さんを見る機会が少ないので圧倒されました。もちろん、それゆえに劇団の看板女優なのでしょうが、こうなると劇団の芝居も見たくなります。ただし、このテンションに合わせる事のできる役者さんは、案外少ないようにも思いますが、それは、機会があれば劇団の舞台を見てから、じっくり考えてみましょう。
 一方、今回の出し物に関しては、題材も面白く、エンターテインメントに徹していて、かなり楽しめましたが、ボクの考えていた一人芝居のイメージとは違っていたので、その点はちょっと違和感がありました。もちろん、今回のような芝居もアリだとは思います。しかし、ボクが見たことのある一人芝居は、独白系のものが多かったので、、逆に今回の出し物は、別に一人でやる必要があるのか、ないのか?。その辺がちょっと気になりました。軽々しくは言えませんが、たぶん、一人芝居というよりも、普通の芝居でも十分できる台本のように思いました。実際に一人掛け合いの場面は、説明セリフも多く、昔ながらの小劇場芝居のような感じで、ちょっと不自然。テンポも落ちる所が多々あったように思います。その為か、テーマ的にも突っ込みがもう一つ浅く、なんとも勿体ないと思いました。この辺は台本と構成の問題でしょうが、渡辺さんが凄く良かっただけに、余計気になりました。(担当:13号倉庫)
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2006年12月25日

Studio Life公演「銀のキス」 2006年12月8日

急遽、代理観劇ということで、北千住のシアター1010(これで、せんじゅと読ませるらしい)へ行って来ました。ここは新しい劇場だと思うのですが、天井も高く、設備の行き届いた素晴らしい劇場でした。うーん、こんな劇場で芝居を見てもいいのでしょうか?。代理観劇だから良かったものの、何とチケットは全席指定5000円也。もっとも今回は招待がかなりあったようなので、実際の有料入場者はどれくらいなのか解りません。それでも定員700名の会場はほぼ満席。約8割が女性で埋まっていました。雰囲気としては、レディス・デーの単館ロードショーという感じです。
 考えてみると、ちゃんとした演劇を見るのは今回が初めてかも。寺山や、状況劇場、小劇場、大衆演劇はそれなりに見ていますが、このような雰囲気での観劇はちょっと記憶にありません。
 Studio Lifeという劇団は、男性のみで構成されている劇団で、女性役も全て男優が担当していました。いってみれば、逆宝塚という事でしょうか?。日本映画の創世記は、女性は出演していなかったり、歌舞伎もあるので、その点の違和感は余りないのですが、今回の舞台はそこに関しては、かなり違和感がありました。案外、これは基本的な所だと思いますが、役者がある程度女性に見えてこないと、芝居の中には入っていけないと思います。
 今回は、外国の原作を翻訳した、メチャクチャオシャレな感じで、ストーリーとしては、洋画に良くある吸血鬼もののラブストーリー。ラブストーリーではないけれど、「ハイランダー」とか「インタビュー・ウイズ・バンパイア」とかがアタマに浮かびました。
 演劇としては、うーん、どうなんでしょうね。全場、照明とセットが抜群に綺麗、というか、案外それが見せ所だったのかも知れません。というわけで、出演者に関しては、まぁ、適度にイケメンだったのでしょうが、役者の熱気が全然伝わって来ませんでした。この辺は、小劇場とは全然違うので、それが良いのか悪いのかは良く解りません。芝居はコンディションがあるので、一概には言えませんが、それにしても冷めた舞台だったように思います。
 久しぶりの演劇だったのですが、約3時間、とても退屈な舞台でした。なんか、最近の芝居は、入場料が高額になればなるほど詰まらないようにも思えるのですが、どうなんでしょう?。(担当:13号倉庫)
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2006年03月12日

弾丸MAMAER「シネマな凡人」 2006年3月8日

演劇を見るのは去年の篠原演芸場の大衆演劇、都若丸劇団以来久しぶりの事です。本来は演劇もたくさん見たいのですが、プー太郎としてはチケット2000円以上のものはどうしても足が重くなってしまいます。今回は、知り合いのインディーズ映画の関係者が初舞台を踏むというのが参戦の大きな理由ですが、久々にナマの迫力と劇団が作り出す何とも言えない劇場の空気が吸いたくなったのも事実です。シアターサンモールは何となく西武劇場を思わせる雰囲気で案外席に関係なく芝居をキチンと見ることが出来そうな空間でした。
 弾丸MAMAERは、今回が初めての観戦になります。というか、ここ15年程は小劇場の芝居は見ていないので、最近の演劇状況は全然解りません。もっとも芝居に限らず、面白いと感じたり、何かしら、心に触れるものがあればそれで良いと思います。
 しかし、今回の弾丸MAMAER「シネマな凡人」は、はっきり言って面白くありませんでした。確かに、役者の力量に関しては水準以上だったように思います。しかし、今回のステージで弾丸MAMAERが何をやりたかったのか、何を見せたかったのか……?。
 今回、劇場で貰った弾丸MAMAER[「シネマの凡人」のプログラム。巻頭の弾丸訓を見てビックリしました。せめて、劇団員の為の物と思いたいのですが、ここには観客を意識した弾丸訓は全くありません。つまり、この劇団はエンターテインメントの劇団ではないという宣言です。成程、客を意識していないのだから、終演後のカーテンコールが無いのは当たり前なのでしょう。勿論客というのはいい加減なものですからそんな中でも何かを必死に感じ取ろうとします。しかし、その舞台に何も得る物がなかったとしたら……。最早、何も言う事はありません。
 今回の詰まらない原因の殆どは脚本以前の問題だと思います。脚本にする前の素材の段階での煮詰め方が全然出来ていません。だからあのような薄い脚本になってしまったのだと思います。
 先ず、作者がいったい、いつの時代をイメージしているのかが解りません。勿論時代設定など無くても構わないのですが、基本的なイメージが無いのは致命傷です。例えば滅び行く(らしい)町の映画館の設定はいつ頃の時代なのか?。パソコンが出てくるのですが、パソコンの出始めの設定だとすれば、やはり80年代後半から90年代なのでしょうか?。だとすると、あの映画館の空間は果たして、あれでいいのでしょうか?。セットに貼ってあった映画のポスターからすると一番新しい作品で70年代中盤以降なのだという事は解りますが……。
 また、映画に関するベーシックな検証がいい加減なのも致命的です。恐らく、どの時代でも「七人の侍」、「晩春」、「網走番外地」の3本立は成立しません。百歩譲ってもせいぜい追悼特集くらいでしょう。客層が全然違う事を理解出来ていないのは映画ファンからすると反感ものです。それはセットに貼ってあった映画ポスターのいい加減さにも表われていて、小津、黒澤、ヤクザ映画、寅さんと、何の脈絡もなく、ただストーリーに出てくるだけで設定したと思われるポスター類は、その舞台空間をも台無しにしています。せっかくあれだけのセット、小道具にもお金をかけたのに映画館のロビーの雰囲気が全然表現出ていなかったのは本当に残念です。
 当然、年代設定によって出演者のキャラクターや雰囲気も違ってきますが、この芝居はそこの所もアバウトで、バラバラでした。たぶん人間模様を見せる芝居だという事は解りますが、これも基本的な時代がはっきりしないために芝居に引き込むかどうかは、役者の力量のみにかかっています。結局その辺も作家の映画観客ウォッチング不足が原因でしょう。巷の映画ファンと場末の映画観客のディープな人間模様を混同してしまうとあのような薄いキャラクターになってしまうのは当然の事です。
 ストーリーとしても何が言いたいのか?。5回くらい、ディープなシーンに入りかけた所もあったのですが、ここを、悉くハズすというのは何か策略があっての事だと思って見ていたのですが、結局何もなく終了してしまい、まるで狐につままれたような感じになりました。
 演出にしても、役者の頑張り以外はテンポも鈍く、ワンパターンで、スカスカの芝居だったように思います。せっかく映画館を舞台に展開している芝居なのに、演劇人の映画に対する理解というのはこんな物なのでしょうか?。そうだとすると、やはり、映画も詰まらなくなるハズです。
 久々の演劇観戦、照明などにも文句はありますが、それはサブ的なところなのでここでは触れません。とにかく、中味のない、キレイなプラスチックのパッケージだけを見せられたような複雑な気持です。観客は約8割、250人程の入りでした。(担当:犬 大太)
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2005年06月18日

都劇団 六月特別公演 2005年6月11日

 やっと新装なった篠原演芸場に行って来ました。篠原演芸場と言ってもなじみは薄いかもしれませんが、ここは大衆演劇のメッカで、1ヶ月替わりで大衆演劇の劇団が毎日公演をしています。基本的には芝居、歌謡ショー、舞踊ショーの3部構成で、特に、芝居の演目は毎日替わります。
 篠原演芸場が新装になったのはもう、何年も前の事で、もちろん、十条へ行く度にチェックはしていたのですが、何となく、次の機会という事で、行きそびれていました。例えば、東京ドームで1年間、連日のようにストーンズのコンサートがあるとすると、余程熱心なファンでもない限り、都合の良いときに行こうという気持になるのではないでしょうか。あるいは毎年必ず来日するべンチャーズ。見てみたいという気持はあるのですが、もう一つ、決断がつきません。
 結局、篠原演芸場へは、今回が約20数年振りという事になりました。勿論、前回は新装になる、はるか以前の事です。確か、梅沢劇団(副座長、梅沢登美男)のブレイク前でしたが、副座長格の役者さんの、悪漢に斬られて憤死寸前の状態からの延々40分に及ぶ大芝居(この後、ラストの大乱闘になる訳です)。演芸場のあちこちからすすり泣きの声が聞こえるという、圧倒的な大熱演に呆然としてしまいました。観客の心情を掴んだら離さない、このパワー。芝居にも色々あるのでしょうが、一種独特の魅力がありました。
 当日は土曜日ということもあって、ほぼ満員、約250名の観客。1階席が満杯なので、2階席へ。昔は2階席は無かったと思いますが、上手の照明席に2台のスポットライトがあり、公演中はそこの照明技師さんの神業を目の当たりにする事となりました。休憩時間にお話を伺ったのですが、1度に3台のスポットライトを操るくらいの事は当たり前、との事でしたが、一体どのようにするのか?。そこはニッコリ笑って答えてくれませんでした。
 今回の都劇団は、若手の人気劇団という事で、演芸場では約2年振りの公演という事でした。先ずは舞踊ショー。ここでは劇団員の顔見世の意味もあるのでしょうか、5〜6人の団体舞踊が中心でした。昔は団体舞踊は余り無かったので、それなりに、新鮮でもあり、それ以上にしっかりと統制の取れた振り付けの良さが印象に残りました。
 2部は、芝居「下田港の暴れん坊」です。物語は身請け話がもつれて対立する2枚目と悪漢親分。そこに、フラリと故郷へ舞い戻った暴れん坊(座長、都若丸)が、乱舞乱舞の大活躍という、約6景ほどの喜劇仕立ての芝居でしたが、キャラクターがはっきりしている分、とても解りやすく、ほとんどが、ご存じ、名場面の連続でした。この辺は、観客層のターゲットがはっきりしている分、やり易くもあり、難しくもある所だと思いますが、逆に、それ相応の技術とセンスが求められる所だと思います。更に、毎日、芝居の演目が替わるという事を考えると、座長、都若丸さんを初め、劇団員の役者魂というか、技量の大きさに呆然としてしまいました。
 そして3部の舞踊ショー。昔は、舞踊ショーと歌謡ショーがはっきりと分かれていたように記憶していますが、今回はその辺が少し曖昧になっていたようです。とりあえず、この3部では座長を始め、格劇団員の一人舞台が中心でした。今や、和服というのはコスプレ感覚なのかもしれません。それにしても凄いのは、各役者さんにそれぞれ熱心なファンが着いていて、一曲、花道を往復する間に、帯の隙間が祝儀袋の山となる事です。それは、充分に観客心理を計算したものではあるのでしょうが、例えば、何かの募金でもそうでしょうが、自主的にそのような事を行う時の庶民の並々ならぬパワーの強烈な凄さというものを改めて実感しました。
 終演後の演芸場前。役者さん総出でのお見送り。サービス精神というか、それが次回に繋がる事を熟知している、エンターティナーならではの行動です。今にも降り出しそうな梅雨空の下、観客にとっては、充分すぎる程の満足感。これでは1500円は高くないでしょう。大衆演劇、必見です。(担当:13号倉庫)

*都劇団(座長、都若丸)は、2005年6月28日まで、十条篠原演芸場で絶賛公演中です。
 
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2005年05月18日

劇団ジアザーサイド「NHK」2005年5月15日 昼

 大塚ジェルスホール。今回の演劇は、これだけで充分だった。久々の演劇。最後は10年程前になろうか、宮城聡演出、ク・ナウカの「トゥーランドット」だった。ジェルスホールは更に昔、コント21世紀、波たにしさん、岡本勘太郎さんのコントライブ(この時は一応、制作で参加)までさかのぼらなければならない。
 ボクは、お笑いや演劇の方にはチョットしか首を突っ込んでいなかったので、詳しくは解らないが、その頃のジェルスホールは、ホール使用料も格安で、小劇場ブーム以前の小劇場のメッカだったように記憶している。その大塚ジェルスホールでの演劇。それも、寺山の5月。演劇はこの季節がよく似合う。確か、状況劇場の春公演もこの時期だったように思う。
 さて、今回の、劇団ジアザーサイド「NHK」は、そのような想い出がベースにあったのと、久々の演劇という事で、状況がもう一つ見えていないので、的外れな感想になるかも知れないが、出来るだけ、目に着いた点は指摘していこうと思う。
 冒頭のダンスで役者の動きは大体把握出来たように思うが、おそらく、それなりに鍛えているのだろう。昔に比べて全体的な水準は高くなっているように思え、期待させるダンスではあったが、少し飛ばし気味の感もあった。しかし、このダンスは本編には何の関係も無く、数分の休憩の後本編となる。
 本編は冒頭から、更に高いテンションで、どうなる事やらと思っていたが、案の定、失速してしまった。古館がNHKを乗っ取るという発想は面白いのだが、いかんせん、ストーリーが単純過ぎた。勿論、力任せにねじ伏せる手もあるのだが、その為にはもう少し突っ込んだ検証とパワーが必要になってくる。結局、この戯曲の致命傷は、乗っ取りという権力争いに拘った為に、視聴者、大衆の視点をないがしろにしてしまった点である。古館ファンやタッキーファンの主婦が一人でも出てきていたら、この作品は相当違った印象になっていたと思う。
 更に、役柄の構成にも問題がある。この劇団は、どういう劇団なのかは解らないが、この辺は、ユニットの難しさのような感じがする。役者は頑張っているのだが、果たして、キャスティングは適材適所だったのだろうか。もっとも、この戯曲では残念ながら主人公とヒロインのキャラクターが弱すぎた。大衆演劇ではないが、やはり、主人公とヒロインのキャラクターぐらいはちゃんと建てるべきではないだろうか。脇の徳本直子さんと徳富政樹さんが良かっただけに残念だった。
 久々の演劇体験としては、明解な欠点が多い演劇だったので、とても勉強になった。これもジェルスホール的と言えばジェルスホール的である。
 最後に、カーテンコールが無いのにはビックリした。面白い芝居でもつまらない芝居でも、カーテンコールは観客とのコミニュケーションの瞬間である。勿論、確固たる主義主張があるのなら仕方が無いが、そうは見えなかったので、カーテンコールがなかったのはとても不思議な感じだった。役者にとっては、1公演終えた充実感、観客にとってはここが拍手のしどころではないのだろうか。この辺は是非とも一考願いたい。
 終演後、チラシを見て驚いた。東洋大学の白芸はまだあるのか!。白芸の公演等ありましたら連絡いただければ、幸いです。(担当:犬 大太)

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