2008年07月17日

2008年6月13日 石井裕也監督 「ばけもの模様」

石井裕也監督の最新作「ばけもの模様」を見てきました。この作品は最新作といっても完成は昨年の事で、やっと劇場公開されました。現在までに石井監督の長編は4作品あり、その内の3本がここ半年程で集中公開。PFFのグランプリや海外で評価されたこともあり、国内では規模は小さいながらも一人プログラムピクチャー状態の公開となりました。
 実際、DV製作のため、作品が作りやすいということもあります。しかし、まだ、35mmは手がけていないので、そこが気になる所ではありますが、ひとつの戦略としては、この連続公開は成功だったように思います。
 とりあえず、この上映で、国内での石井監督のお披露目は終了したかと思います。その意味では新しいフィールドに向かう前の総決算。今回の上映での評価が気になる所です。

「ばけもの模様」は、「剥き出しにっぽん」で、父と息子。「ガールスパークス」で父と娘を描いた石井監督の家族シリーズ3部作とも言える作品でした。息子や娘など、ある意味監督の年齢に近い主人公を設定する事により、リアリティを醸し出していた作品群でもあり、果たして今回はどういう展開になるのかと楽しみにしていました。
「ばけもの模様」は、一般的には夫婦が話の中心となる作品でしたが、キーポイントになるのは、夫婦の子供だったように思います。それは、ある意味、とても上手い構成であり、まだ若い石井監督が背伸びすること無く、夫婦間のドタバタを自然に描けたという点でも、等身大の映画として十分楽しめました。
 ストーリーの展開は、どちらかというとハチャメチャ。しかし、このハチャメチャさが、まさに子供から見た視線のようにも思います。実際、今回も石井映画の出演者は、ある意味変顔の連続。例えば,元宝塚の大鳥れいさんまでもが、ノーメークに近い状態で狂気を力演していました。もちろん石井組の桂都んぼさんなどもスイスイと本領を発揮しています。最近の映画では数少なくなった、人間味あふれる変顔の連続は、それだけで、スクリーンを豊かにしていると思いました。

上映終了後、短時間ではありましたが、「映画芸術」武田前編集長とのトーク・ショーがありました。お互い初対面ということで、ジャブの応酬で終了しましたが、静かな中にもキラリ内容が光るトーク・ショーだったと思います。(担当:13号倉庫)
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2006年05月02日

2006年4月14日 鈴木清順監督 「オペレッタ狸御殿」

池袋・新文芸坐に初めて入りました。この劇場にはいつか行く事になるだろうと思っていましたが、案外と時間がかかってしまいました。新文芸坐は昔の文芸坐のイメージとはほど遠く、かなり敷居が高い感じがしました。もっとも、今の劇場は上映時間まで待たされたり、途中入場が出来なかったりで、昔と比べたら、映画をちゃんと見る環境があるように思います。ただ、ちゃんと見たい映画が少ないのが問題かな?。

鈴木清順監督の「オペレッタ狸御殿」は封切り時に見るつもりでした。「ピストルオペラ」の時よりは上映劇場は多かったと思いますが、残念ながら、3週間くらいで終わったようです。気が付いた時にはもう上映していなくて、ガッカリでした。見た人の評判もあまり良くなかったのですが、こればかりは自分の目で確かめる他ありません。
 狸御殿の映画は過去に何本かあります。そのうちの数本は見ているのですが、昔の作品なので、今見るとかなり古さを感じます。勿論、「狸御殿」は娯楽映画の王道で、当時は多分大受けだったのではないでしょうか。それは、スターのいた時代の作品でした。スターが狸を演じるという奇妙奇天烈な映画ならではの面白さ。そこでは歌も踊りもご愛敬で充分だったのかも知れません。
 今回の狸御殿は残念ながら、キラリと光るスターは一人も出ていませんでした。オダギリジョーやチャン・ツィイーではもの足りません。それだけに脇を固めるベテランの平幹二朗や由起さおり、薬師丸ひろ子が目立ってしまうのは仕方がない事です。時代錯誤と無茶を平気で言わせて貰うなら、これは本来なら30年前の小林旭と浅丘ルリ子で作るべき映画だったように思います。
 そういう訳で、後は監督の力量で取り繕うしか無いのですが、いかんせん制作費も少なかったのではないでしょうか。狸御殿くらいの作品になればセットや衣装など、相当の制作費(黒澤作品並)と設備が必要になると思います。しかし、清順監督は、制作費の無さをCGでカバーして、チープな映像に仕立て上げました。「ピストルオペラ」での前例があるにしても今回はよりポップな仕上がりになっているように思います。その代表的なものはデジタル美空ひばりです。こういう絵作りをする監督や情況は今の日本映画では少なくなっていると思いますが、これらのチープなアート感覚は、中川信夫監督や石井輝男監督を出すまでもなく、日本映画の面白さの一つでした。
 冒頭、のっけからの110分、狸御殿は、「ロッキー・ホラーショー」、「星くず兄弟の伝説」同様、素晴らしいカルト映画になっていました。恐らく、現状としては、清順ファンは傑作、映画マニアは珍作、映画ファンは理解不能、または無視、若者の一部には熱狂的に支持される、そんな作品だと思います。本当の娯楽映画がメインの劇場に掛からなくなって何年経つのか、もう忘れてしまいましたが、清順監督の「夢殿」までの道のりは、あとどれくらいあるのでしょうか。(担当:犬 大太)
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2005年05月06日

2005年3月12日 高橋 玄監督 「CHARON」

 「CHARON」を見たのはほぼ1ヶ月前。細部の記憶はかなり朧気なのだが、ネットの批評を見ると評価が別れているので、映画ファンの間ではそれなりの問題作だったのだろう。レイト・ショウながら、通常の興行形態の作品を見るのは久しぶりである。ここは、本当は、インディーズ以外の映画を見るのは久しぶりであると書きたいのだが、この作品をインディーズ映画としている人もネットでは多いので、通常の興行形態という書き方にしておく。通常の興行形態という事は、どういう事かというと、ちゃんとした劇場にかけられている作品という事である。つまり、商業映画の事だ。その中には独立プロのインディーズ作品も含まれる。しかし、その中に含まれないインディーズ作品もある。「CHARON」は勿論、インディーズ系の作品ではあるが、商業映画である。
 作品の話をする前に、ちょっと映画館の話をする。最近は何故か映画館では、入場整理をしている映画館が多いようなのだが、あれはちょっとどうかと思う。もちろん、大ヒットしている映画で観客が映画館を取り巻くような状態ならば、安全のためにも入場整理は必要だとは思う、しかし、たかが観客が十数人(土曜の夜で!)なのに、入り口前に並ばせる必要があるのだろうか。それも開場から上映まで、タップリ時間があるのならまだしも、せいぜい10分ぐらいしか時間がないのだ。自分は昔から、少し早めに入り、ロビーなどで、次回上映作品やその他の情報をなにげに見たりして映画館の雰囲気を充分楽しんでから、上映作品を見るというパターンをとっている。しかし、昨今の状況としては、ゆっくりトイレにもいけない状態だ。特に今回のテアトル池袋は入れ替え制、レイトショウだったので、仕方がない事なのかもしれないが、開場が9時、上映が9時5分と5分間しか時間がない。それに、観客が約30名位だから良かったものの、これが3桁の観客数でも5分間で入場出来るのだろうか?。上映開始時間を気にしながら入場を待つような状態は、興行としては、サービスに欠ける無神経さではないだろうか。いつからこうなったかは解らないが、この所、映画館に行くたびに幻滅している。映画館の入場整理は、あくまでも映画館側の論理で、客を客として扱う姿勢としてはとても貧しい姿勢だと思うが、どうだろうか?。
 さて、「CHARON」である。最初から幻想的な映像で、期待は充分だったのだが、映像、ストーリー、てんこ盛りで、やりたい事はやっていると思うのだが、どうにも中途半端な作品になってしまったのではないだろうか。この監督の作品は「突破者 太陽傳」を見ているが、演出が安定していたので、娯楽作品としては、地味ではあるがそれなりに見やすかったように思う。その後の作品は未見なので何とも言えないが作品リストを見る限りでは、Vシネマ系の監督のように思われる。Vシネマは予算的な問題やジャンル的な制限もいろいろあるので、かなり過酷な現場のようだが、この作品は、もう一つ上の大きなフィールドという事で、ハリキリ過ぎたのではないだろうか。しかし、作品としては、ファンタジーとドラマが融合して本来ならば、+αになる所が、打ち消し合って相殺してしまったように思う。やりたかった事は充分解るし、これでなかったら、企画は通らなかったのかも知れないが、ファンタジーか、ドラマか、どちらか一方に絞った方が良かったのではないか。普段はVシネマで見かける、川本淳市、森崎めぐみが溌剌とした演技を見せているので、自分としては、ベタなドラマ系のパターンをつらぬいて欲しかった。ファースト、シーン、ラストシーン等で監督の志向は大体想像はつくが、やはりこの作品に関しては、邦画としてはバランスの悪い作品と言わざるおえないだろう。久しぶりにまともな映画館で見た作品としては、残念な作品であった。(担当:犬 大太)
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2004年12月1日 「ザ・ゴールデン・カップス ワンモアタイム」

2004年晩秋、実は、見たいと思う映画はこれしかなかった。今年は春の「タカダワタル的」(未見)も見たいと思う映画の1本だったが、結局この2本だけしかアンテナに引っかかってこなかった。勿論、その他にもたくさんの映画が公開されているのだが、そのほとんどが、見る前に、ある程度の予測がついてしまうような映画ばかりだったような感じがする。公開後の評判についても営業的にブレイクした作品はあったのかも知れないが、内容的にブレイクしたという評判の作品は少なかったように思える。要するに、ヒート・アップしていないのだ。
 ザ・ゴールデン・カップスの映画が作られるという事を知ったのは去年の事である。TVの芸能情報や、NHK「想い出のメロディー」などで少しだけライヴの様子を見たり、聞いたりした。その中の括りとしては、ほとんどが「懐かしの……」という扱い方であったが、その映像からはそのような雰囲気は少しも感じられなかった。勿論、メンバーのほとんどが現役という事もあるのだろう。しかし、30余年の時の流れを経て、今、何故ザ・ゴールデン・カップスなのか?。当然の事ながら、この30余年は僕らの30余年でもある。一体僕らは何をしてきたのだろうか?。
 その日はサービスデーで1000円で映画を見る事ができた。午後4時の回。驚いた事に60年代丸出しファッションの若者から、サラリーマン、それに、元ゴーゴーガルとか、リアル・タイムにカップスを聞いていたような年輩の方々等、幅広い年齢層で劇場は6割程の入り。ここ数年、劇場に足を運んでも、これだけ幅広い年齢層を集めている映画は知らない。勿論、音楽ファンが多いのだろうが、こんなに幅広い観客層が集まるとは、最近の音楽でも映画でも一寸考えにくい事である。恐らく、入場者はザ・ゴルデン・カップスが活躍していたあの時代の何とも言えぬ何かを敏感に感じ取っている人たちなのだろう。
 映画は、A面とB面の2部構成になっている。簡単に紹介すると、A面はザ・ゴールデン・カップスの結成から解散までの流れとその時代をCHIBO、李世福、陳信輝など総勢44名のインタビューで構成。B面は30数年ぶりの復活ライブ・セッションという事になる。その構成はオーソドックスながら、成功しているのではないだろうか。A面の、過去をデフォルメするわけでもなく、ただ淡々と流れるインタビュー。しかし、原一男「ゆきゆきて神軍」を出すまでもなく44名のキャラクターは濃い。その発言内容は確かに60年代のあの時代なのだが、彼らの映像は正に現在。「それが人生よ」、「それが歴史よ」と言うかのごとく、60年代と現在が深く融合してゆく瞬間である。それだけで、数年前の「KT」「突入せよ」「光の雨」のわざとらしいあの時代表現を簡単に越えてしまっている。それは、よくある形だけの年代ブームでは取り上げられない部分なのかも知れない。恐らく現在の世相としては、それはディープ過ぎるのではないだろうか。しかし、そこの部分にこそ本当のその時代の魅力や真実があるのではないのか?。A面の最後にCHIBOが言う。「ロックンロールはまだまだ終わらないよ」。勿論、60年代の想い出も、現在もこれで終わりではない。そして、この先もずっと終わらない。良い時も、悪い時も、元気な時も、くたびれた時も、若い時も、歳を取ってしまっても……。
 あの時代、あなたは何をしていましたか?。始めてザ・ゴールデン・カップスと出会った時、あなたは何をしていましたか?。そして現在、あなたは何をしていますか?。疲れてはいませんか?。元気ですか?。
 そしてB面のライブ・セッション。それは不思議なライブ・セッションであった。音楽的にはそんなに詳しくないので、詳細はわからないが、ザ・ゴールデン・カップス自体、何も新しい事はしていないと思うのだ。当時のステージは見ていないので何とも言えないのだが、多分、昔のようににただ、淡々とステージをこなしていっただけのように思われる。しかし、この新鮮な感じは一体何なんだろう。画面を見ていて、涙が止まらなかった。この30年余り、「そんな人生サ」と言ってしまってもいいのかも知れないが、映画のA面とB面、60年代と現在、そして自分の30余年が何の違和感もなく、すんなりと融合してしまったのかも知れない。多分、それはカップスに限った事ではないのかもしれないが、最近では数少ない体験であった。それは恐らく、ザ・ゴールデン・カップスの演奏も正しく現在であったからなのであろう。ザ・ゴールデンカップス。カッコイイのではない。凄いのだ。
 それにしても、「フェンスの向こうはアメリカ……」。ニクソン、ヒッピー、ドラッグ、ピース、ベトナム戦争等々。フェンスの向こうは全てカッコイイと思っていた。あれから30余年。本牧のフェンスは無くなったらしいが、あちらこちらにまだまだフェンスはある。何か変じゃないか?。その辺が多分、これからのキー・ポイントじゃないかと、最近は思っている。ロックが終わるのが早いのか、フェンスが無くなるのが早いのか?。この先、またザ・ゴルデン・カップスのセッションがあるとすると、果たしてどんなステージを見せてくれるのだろうか?。その時、フェンスがあるのか、無いのか、それとも別のフェンスがあるのか?。映画ファンのみならず、必見のムービーである。(担当:犬 大太)
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